2012年9月12日水曜日

TPP参加日本の選択

日経朝刊のコラム:経済教室で「TPP参加日本の選択」という記事が2012827日から3回の連載で掲載されました。第一回目は東京大学教授中川淳司氏で、第二回目は一橋大学教授石川城太氏で、最終回は青山学院大学教授岩田伸人氏でした。これらの記事は当該先生の名前の部分をクリックすればアップロードされます。

「TPP参加日本の選択」という興味津々の議題ですが、多くの人にとって先生方の記事の内容から全体像を理解することは難しいと思います。本ブログ記事では、やや独断と偏見のきらいはありますが、これらの記事のエッセンスの抽出を試みたいです。



農業問題について

昨年11月の時事通信の世論調査によれば、「日本もTPPの交渉に参加すべきだ」が52・7%、「参加すべきでない」が28・8%。今年7月の調査では「参加すべきだ」が57・6%、「参加すべきでない」が21・7%だった。反対グループは、大きく次に分類されるだろう。既得権益の保護派(農業関係者など)、反グローバル派、反米派、その他(食の安全を危惧するグループなど)である。ところが、昨年11月の時点では国会議員の半数近くがTPPに反対の立場をとっており、現在も根強い反対論がある。国会議員の反対の多くは、選挙基盤が農協、農家にあるためである。

仮に、TPPで利益を得る人が1億人いて、その利益の合計が10兆円、一方で損失を被る人が200万人いて、その損失の合計が8兆円としよう。この場合、経済全体としては差し引き2兆円の利益になるのでTPPを進めた方がよいはずだが、実際にはなかなか実現しない。それは得するグループの利益が1人あたり10万円なのに対し、損するグループ(つまり、農業関係者)の損失は1人あたり400万円にもなるからだ。既得権益がなくなるグループの損害額は、大きいので政治的圧力をかけるインセンティブが大きくなる。09年の総選挙時に民主党がマニフェスト(政権公約)に記した戸別所得補償制度は現状の農業者の減反(作付け制限)が条件だ。農業者の生産意欲とは無関係に作付面積の規模に応じて、ほぼすべての販売農家に所得補償をする仕組みであることから「バラマキ」と称された。農業の近代化を図って第一次産業の復活を目指す視点が多くの政治家には欠如いる。生産意欲のない「バラマキ」ねらいの農家を守ること、選挙に勝つことしか考えていないのが、TPPに反対の立場をとる国会議員である。

仮に日本のTPP交渉参加が今年か来年としても、協定発効までに1~2年、さらに関税貿易一般協定(GATT)第24条に基づけばTPPの完成までに10年かかるので、TPPの完成時期は2024~25年となる。そのとき、農業の近代化を図って第一次産業の復活を目指す軌道に乗っているのだろうか。



TPPとは

米国はTPPを、広範囲かつ高水準の貿易と投資の自由化を実現する21世紀のFTAのモデルと位置づけている。TPPをテコに世界貿易秩序が再構築されつつあり、日本がそこから排除される不利益は計り知れない。まず、TPPのルールづくりに関与するという観点が必要だ。TPPは他のFTAよりも高度な自由化を目指しており、そのルール形成が今後のアジア太平洋地域の通商秩序を大きく左右する。従って、交渉時点でのルール形成への積極的な関与が日本にとって極めて重要である。

2012年8月25日土曜日

消費増税に伴う「あるべき税制改正」その4(最終回)

わが国の深刻な財政悪化を改善するため、消費増税は不可避な選択肢の一つであると多くの国民は考えています。今回の消費増税によって5%の税率が20144月に8%に、1510月には10%に上がります。計算上は、消費税による10兆円余りの税収が倍の20兆円になるはずです。本連載では、消費税という税の本質から派生的に発生する問題を取り上げてみたいです。出来れば、その問題がもたらす影響をマイナスの影響でなく、プラスの影響に導くための税制改正についての提言もしたいです。

TPPによる関税ゼロの落とし穴

新聞紙上で、コンニャクの関税は1,706%、コメの関税は778%、砂糖の関税は305%と報道されています。日本が課する輸入関税は非常に高いとの印象を与えます。ですから、TPPに参加して関税障壁が取り払われれば、日本に入ってくる輸入製品の価格は安くなり、消費者にとってプラスの面が大きいと思わせます。しかし、それは大きな誤解です。

日用品の輸入に関わる関税は、ほぼゼロから10%です。そして、多くの輸入品の関税は、既にゼロになっています。そして食卓に上る野菜の関税もゼロから3%なのです。極端な言い方をすれば、TPPに日本が参加した場合、関税障壁に関する問題で難航する品目はコメだけです。本稿はTPPに参加した場合のプラス、マイナスを議論することを目的としていないので、TPPに関する更なる議論は別の機会にしたいと考えています。本稿で認識して欲しいことは、仮令、TPPに参加してもコメを除いた輸入製品の価格はあまり安くならないということです。むしろ多くの輸入品の価格は消費増税によって値上がりします。3%の関税が課せられる野菜を輸入した場合を例にして説明します。また、輸入価格は100円とします。

l  消費増税前の取扱い 
輸入価格                100
関税(3%)                   3
通関後の価格         103
輸入消費税(5%)         5
輸入価格                108

l  消費増税後、TPPにより関税がゼロとなった場合の取扱い
 輸入価格                 100
関税(0%)                   0
通関後の価格         100
輸入消費税(10%)      10
輸入価格                110

消費税で注目すべき点として、外国から輸入された製品は未だ販売されていなくても、日本で荷揚げされた時点で消費税が課せられることです。これが上記表で示した輸入消費税です。ですから、輸入商品は消費増税の影響が直接的に反映されます。現状の関税率の中央値が5%前後であることを考えると、TPPによって関税がゼロとなっても輸入商品の値下がりはあまり期待できません。

蛇足ですが、TPPによってコメの関税778%がゼロになったら、コメの輸入価格は劇的に下がります。しかし、「農民を殺すのか!」の声をマスコミ、政治家が代弁することは、容易に想像できます。ですから、日本がTPPに参加しても、コメの関税がゼロになることはないと考えます。

TPPによる関税ゼロに惑わされないことです。消費増税の影響を見落すと庶民は、大きな落とし穴に落ちてしまいます。

 本4回の連載で、今回の消費増税は、穴の空いたバケツに新たに水を入れるようなものであることがお判りいただけたと思います。しかし、穴の空いたバケツに水を注ぐ馬鹿はいません。消費増税が不可避な選択肢の一つであるなら、現状の消費税が抱える制度上の問題を解決すること、つまり穴の空いたバケツの穴をふさぐことが必要です。

2012年8月17日金曜日

消費増税に伴う「あるべき税制改正」その3

わが国の深刻な財政悪化を改善するため、消費増税は不可避な選択肢の一つであると多くの国民は考えています。今回の消費増税によって5%の税率が20144月に8%に、1510月には10%に上がります。計算上は、消費税による10兆円余りの税収が倍の20兆円になるはずです。本連載では、消費税という税の本質から派生的に発生する問題を取り上げてみたいです。出来れば、その問題がもたらす影響をマイナスの影響でなく、プラスの影響に導くための税制改正についての提言もしたいです。

食料品に対する消費税を軽減税率にすることの落とし穴

2012710日の日経朝刊のコラム「大機小機」で食料品に対する軽減税率導入について取り上げていました。その一部を抜粋します。
 【食料品に対する軽減税率を支持する人は多い。各種世論調査でも8割近い人が「消費税率を引き上げるのであれば、食料品に軽減税率を適用すべきだ」という考えに賛成している。(中略)
2011年の家計調査で所得階層別の消費支出を見ると、最も所得の低い第I階級は、可処分所得が月平均203190円で食料支出は4703円である。この金額は所得が増えるにつれて増え、最も所得の高い第V階級は、可処分所得が62204円で食料支出は84219円である。(中略)絶対額で見れば高所得層の方の食料支出金額が多いのだから、軽減税率の適用によって得をする金額も高所得層の方が多くなるのである。軽減税率を適用すれば低所得層(弱者)が助かることは間違いない。国民の目から見て分かりやすいとの意見もある。ただし、それ以上に高所得層(強者)に恩恵を与えてしまうという点を考えると、弱者対策という意味では、必ずしも効率的とはいえない側面もあるのではないか。】

可処分所得に占める食料品に支出する割合は、高所得者(V階級は13.6%)に比べて低所得者(I階級は20.0%)の方が高くなるので、低所得者ほど消費増税の影響を受けるという逆進性の議論に異論をはさむつもりはないですが、この逆進性の議論は額ではなく率で議論していることに注意する必要があります。仮に、低所得者対策として消費増税の影響を排除する目的で、食料品に対する軽減税率5%を導入すると、得する消費税は低所得者では、2,035円【第I階級40,703円×(10%5%)】です。一方、高所得者では4,211円【第V階級84,219円×(10%5%)】も消費税を節約することが出来ます。食料品に対する軽減税率の金額的恩恵は、低所得層より高所得層が受けることになります。食料品に対する軽減税率は、財政悪化の改善策として非効率な側面があることはお判りいただけたと思います。

それ以上に、問題提起したい点があります。それは、益税の問題です。従来から問題とされている益税がより肥大化する可能性があることです。(1)通常税率による課税売上、(2)軽減税率による課税売上、(3)非課税売上と、今まで以上に複雑な区分計算が必要となります。アカウント方式(帳簿方式)による消費税法は、益税を生み出す穴の空いたバケツと同様です。不備な制度をより複雑化する食料品に対する軽減税率の導入は、バケツの穴を更に広げるようなものです。抜け道が判ると、人はそれを利用するようになります。アカウント方式(帳簿方式)による消費税法の下での食料品に対する軽減税率の導入は、意図的益税作りの脱税事業者を作りだすことがあるのではないかと懸念しています。
 
正直者が馬鹿を見ない社会を作ることが大事と考えています。そのためにはアカウント方式を改め、益税を排除するインボイス方式に変更すべきです(インボイス方式の議論は、第2回記事「消費増税による1兆円の益税は誰の手に」をご参照ください)。

2012年8月7日火曜日

消費増税に伴う「あるべき税制改正」その2

わが国の深刻な財政悪化を改善するため、消費増税は不可避な選択肢の一つであると多くの国民は考えています。今回の消費増税によって5%の税率が20144月に8%に、1510月には10%に上がります。計算上は、消費税による10兆円余りの税収が倍の20兆円になるはずです。本連載では、消費税という税の本質から派生的に発生する問題を取り上げてみたいです。出来れば、その問題がもたらす影響をマイナスの影響でなく、プラスの影響に導くための税制改正についての提言もしたいです。


 消費増税による1兆円の益税は誰の手に

 財団法人関西社会経済研究所の鈴木善充氏が「消費税における益税の推計」(『会計検査研究』第43号)という論文の中で益税を推計しています。それによりますと、消費税率の10%への引き上げが比例的に増加すると仮定するならば約1兆円規模の益税が毎年発生すると推計しています。

益税とは、小規模事業者に係る納税義務の免除、簡易課税制度、仕入税額控除での95%ルールの取扱いから、消費者の支払った消費税が国庫に入らず、事業者の手元に残ってしまうことを言います。

小規模事業者に係る納税義務の免除とは、課税売上が1,000万円以下の事業者は、消費税の納付義務が課されません。つまり、消費者が支払った消費税は、国庫に納められないで、小規模事業者の手元に残ります。これは脱税ではありません。消費税法で認められた措置です。

簡易課税制度とは、課税売上が5,000万円以下の事業者は、簡易課税制度の届出をすることで、仕入税額控除の計算が不要となります。小売業であれば、消費者が支払った消費税の20%を納付すれば、消費税を適正に申告したと見做される制度です。実証的検証によれば、本来の消費税の計算方法で算定された納付すべき消費税額は、簡易課税制度で申告された税額より大きいです。つまり、その差額は、簡易課税制度を申請した事業者の手元に残ります。これも脱税ではありません。消費税法で認められた措置です。

仕入税額控除での95%ルールとは、課税売上が5億円以下の事業者に対して適用されるルールです。当該事業者の課税売上割合が95%以上である場合、その課税年度に仕入れ等に関わる消費税全額を控除できます。消費税の基本の取扱いでは、控除できる仕入等に関わる消費税は、課税売上割合に対応する仕入れ等に関わる消費税であり、支払った消費税全額ではありません。最大5%の仕入れ等に関わる消費税が余分に控除できるため、消費者が事業者に支払った消費税を国庫に納めないで済みます。やはり、これも脱税ではありません。消費税法で認められた措置です。

しかし、消費者が支払った消費税が国庫に納められないで、事業者の手元に残ること自体釈然としません。この釈然としない問題は、わが国が採用しているアカウント方式(帳簿方式)から発生しています。消費税の基本的な仕組みは、製造業者、卸売業者、小売業者と製品・サービスが移転するにつれて消費税が課されます。その負担が次々に転嫁され、最終的には消費者が負担することになります。その過程での課税の累積を排除するため、事業者は自分の売上げに係る消費税額から仕入に係る消費税額を控除した額を納税することになっています。この控除する消費税の計算は、仕入にかかる帳簿に記載した数値で事足りることとしています。問題は、事業者が記帳する帳簿の体裁や様式が様々なことから発生します。消費税を含めた金額で売上、仕入を記帳している事業者がいます。その事業者の売上と仕入に課税売上(仕入)と非課税売上(仕入)が混在する場合、正確に受取った消費税と支払った消費税を把握することができません。ですから、益税が生じる余地が生まれます。益税を無くすためには、アカウント方式は改めるべきです。

消費税は、多くの国で採用されていますが消費税とは呼ばれないで、広く付加価値税と呼ばれています。極端に言えば、付加価値税を採用している国でアカウント方式を採用している国は、日本以外ありません。その他の国は、すべてインボイス(伝票)方式をとっております。台湾で採用しているインボイス(伝票)方式を参考にしながら説明します。
【税務署からインボイス用紙を購入し、それは3枚つづりになっています。一枚は発行した会社控え、二枚を販売した会社に渡し、そのうち一枚を税務署に申告の際に添付します。
 つまり、税務署に全ての取引のインボイスが蓄積され、税務署内で反面調査が出来るため、このインボイスを発行したものを売上にあげないとすぐに税務署にばれる仕組みになっています。また、法人はこのインボイスがないと、税務上経費として認められません。このインボイスは連番になっていて、その番号が宝くじになりますので、個人の人も必ず受け取るようになります。宝くじの一等は日本円で約700万円ぐらいだそうです(参考資料KPMG「中華民国台湾投資環境案内20032004年度版」)】

上記から推測されるようにインボイス方式の良い点は、益税の余地を無くすことです。正直者が馬鹿を見ない社会を作ることが大事です。消費増税の機会に、アカウント方式を改め、インボイス方式に変更すべきです。消費増税よって益税が増える事態は、厳に避ける必要があります。

2012年8月1日水曜日

消費増税に伴う「あるべき税制改正」その1

わが国の深刻な財政悪化を改善するため、消費増税は不可避な選択肢の一つであると多くの国民は考えています。今回の消費増税によって5%の税率が20144月に8%に、1510月には10%に上がります。計算上は、消費税による10兆円余りの税収が倍の20兆円になるはずです。本連載では、消費税という税の本質から派生的に発生する問題を取り上げてみたいです。出来れば、その問題がもたらす影響をマイナスの影響でなく、プラスの影響に導くための税制改正についての提言もしたいです。

派遣社員冬の時代へ

正規社員(正社員)と非正規社員(契約社員、パートタイマー、アルバイト、派遣社員)との間に賃金、社会保障の取扱いに差別があることが問題になっていますが、消費増税は非正規社員の内、派遣社員に厳しい事態が想定されます。“派遣切り”が今まで以上になされる可能性が増します。その理由は、給与の支払いは、消費税が課されませんが、派遣会社への支払いは、消費税の対象となるからです。

多くの企業は、人件費カットのために積極的にアウトソーシングをしてきました。今回の消費増税は、派遣会社から派遣社員に支払われる給与は一定としても、企業が払う消費税込みの派遣費用は、確実にアップさせます。ですから、企業は“派遣切り”を考えます。“派遣切り”が契約社員、パートタイマー、アルバイト等の非正規社員、そして正規社員の雇用増大につながれば良いのです。しかし、人件費が低廉な新興国へのアウトソーシングを誘発あるいは、加速させてしまう可能性があります。その結果、雇用機会は、海外に流出して、失業者が町に溢れるという最悪のシナリオも考えられます。

このような変化を見据えて、税の見直しが必要です。残念ながら、現政権や国会の議論には、そういった変化を見据えての税の見直し、経済政策の立案が検討されているように思えません。

提案ですが、派遣費用は消費税法上、非課税にすること!これは、検討する価値があると解します。オフイスビルの賃借料は、消費税法上、課税対象ですが、個人が借りる住宅の家賃は、消費税法上、非課税になっています。それと同様な取扱いですので、必ずしも、制度上出来ない提案ではないと考えます。


人材派遣業のビジネスは、2008年をピークに減少しており、2010 年度の市場規模は前年度比94.0%の4 4,500 億円でした。日本の労働人口の減少傾向を考慮すると、その規模が増えることはなく、なだらかな右肩下がりになると想像されます。人材派遣業のビジネス規模の4兆円を非課税にすることは、消費税4,000億円が徴収できないことを意味します。しかし、その政策は、4兆円の付加価値(派遣費用を付加価値とする)が日本から消失することを防ぎます。4兆円あれば一人当たり2百万支払って2百万人雇用が確保できます。若年層の人々2百万人近くの雇用を確保できることを考えると、失う機会コスト4,000億円以上の効果があると思います。明るい未来が窺える社会を作ることが大事と考えます。

次回触れる予定にしていますが、消費税の益税問題を解決すれば、1兆円近くの消費税が徴収できます。つまり、バケツの穴をふさぐことで1兆円の消費税が捻出できるのです。派遣費用の非課税化は、歳入にとってマイナスの効果ですが、益税問題を解決することのプラス効果を考えると不可能な政策課題とは思えません。

2012年6月21日木曜日

本当にもったいないこと!? 提言その4(最終回)

Facebook「村田租税政策研究所FBグループ」メンバーのひとり、須藤一郎氏からの投稿を転載します。4回の連載形式でまとめられた興味ある提言です。

今回は第四回(最終回)投稿を紹介します。


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まだまだ書きたいことは山ほどあるが、とりあえず本稿で話を一段落させたい。もう一度前回までの話を整理すれば、1.結局のところ共同体の経済厚生を高めることができるのは分業であり、分業を深化させる政策が重要であること、「本当にもったいない」のは、財政支出自体ではなく、歳出削減によって分業の深化が進まくなること、2. 分業を深化させるには、共同体の内部での信用創造が不可欠で、政府債務はその信用創造の役割を果たしていること、政府部門の債務削減は信用創造の削減であり、分業の深化に歯止めをかけかねないこと、3. 但し、国際競争というContextでは国際的分業の深化が進んだとしても、市場での競争力を持たなければ、国という共同体の厚生水準を高めることはできない、ということが要旨であった。消費増税の賛否は、増税・緊縮財政による財政再建か、経済成長による財政再建かというContextで議論されることが多いが、いずれも、財政赤字をどう収斂させるかという「お金」を中心にすえた視点である。個人が一億円持っていたならばその一億円は、家を建てたり旅行したりすることができるという購買力を表象するが、(「政府」という意味ではなく「政府と国民を含めた総体」という意味での)国という共同体に一億円というお金があったとしても、それ自体には何の価値もない。その価値が発揮されるのは、その一億円を媒介として経済活動が行なわれ、家を立てる人・旅行を企画する人が財貨・サービスを供給し、それが消費されるときである。国の政策は前者の一億円ではなく後者の一億円の視点、すなわち「経済活動をおこす」ための「お金」(或いは「債権・債務」)という視点をもって議論されるべきである。

高度に発達した貨幣経済だからこそ、「共同体の経済厚生を高めることができるのは分業によってである」というアダム・スミスの基本に立ち返る必要があるのではないかと思う。スミスは重商主義を批判した。保護貿易によって金銀財宝を国内に蓄積することが国を豊かにするのではなく、国民の消費をMaximizeすることが本当の豊かさだと。Contextは異なるが、財源がないから、支出がもったいないからという理由で、「本当にもったいない」状況を作ることは、国民の消費をShrinkさせることであり、スミスが批判した重商主義、すなわち国民の消費を犠牲にして国が金銀財宝を蓄積することと本質的に同じではないだろうか(現在の日本に置き換えれば、国が借金を返すことで国民の消費をShrinkさせること)。ピーター・ドラッカーが予言した未来の「知識社会」では、資本もお金も必要ない、知識を基軸とした社会で生産が行なわれそれが消費される。こんな社会が来ることを信じられる人は少ないかもしれないが、もしそんな知識社会が到来すれば、政府の債務がいくらだから借金を返済しなければならないという「お金」中心の発想ではなく、価値あるアイデアを機軸として財貨・サービスが供給され、それが消費されるという知識=人を中心とした社会なのではないかと想像する。そこでは、社会の人的資源・物的資源を最大限に有効活用することができ、延いては国という共同体の国際競争力を高めることができるのではないかと想像する。そんな理想郷みたいな社会が実現するわけがないとう批判もあろうが、前近代的な集落的共同体は、「お金」ではなく「人」(或いは「人間関係」)を中心にした社会だったであろうことを考えると、あながち荒唐無稽な話でもないのかもしれない。いずれにしても、財政再建論をはじめ、今の経済・社会があまりにも「お金」自体に価値があるかのように、「お金」中心に議論が展開されており、そのことが「本当にもったいない」状況を作ってしまうのではないかと危惧をするのである。この状況は、後に批判されることとなる前近代ヨーロッパの重商主義思想と本質的に同じではないだろうか。日本の社会の行く末を考えたときに、時代を異にした二人の偉人は、「高度に発達した貨幣経済だからこそ、本当の豊かさとは何かを見失わないように」という共鳴したメッセージを送っているのではないだろうか。

まだまだ書きたいことは多々ありますが、これで四回シリーズの投稿を終了したいと思います。


須藤 一郎

2012年6月13日水曜日

本当にもったいないこと!? 提言その3

Facebook「村田租税政策研究所FBグループ」メンバーのひとり、須藤一郎氏からの投稿を転載します。4回の連載形式でまとめられた興味ある提言です。

今回は第三回投稿を紹介します。


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今まで二度にわたり投稿した内容を要約すれば、1.結局のところ共同体の経済厚生を高めることができるのは分業であり、分業を深化させる政策が重要であること、「本当にもったいない」のは、財政支出自体ではなく、歳出削減によって分業の深化が進まくなること、2. 分業を深化させるには、共同体の内部での信用創造が不可欠で、政府債務はその信用創造の役割を果たしていること、政府部門の債務削減は信用創造の削減であり、分業の深化に歯止めをかけかねないこと、の二点。今回は3つめのポイントとして、国際競争力というContextでは、この二点についてどう考えるべきかについて検討してみたい。

検討に先立ち、前提となる日本経済の対外取引状況を確認しておきたい。GDP500兆円に対して、輸入60兆円、輸出60兆円、ともに10%強であり、貿易なしで経済を考えるわけにはいかない。いわゆる多国籍企業といわれる企業に従事する人口は全体の5%程度であり、95%は国内経済に依存している状況である。残高ベースでの対外債権は550兆円、対外債務は300兆円、純債権は250兆円である。

まず第一点目として、家計部門の債権=企業部門の債務+政府部門の債務、という等式に海外部門を加えると、家計部門の貯蓄の反対側は、政府・企業・海外部門ということになる。輸出が輸入を超過していれば、国内部門の貯蓄、海外部門の債務となる。現実には250兆円程度の国内部門の貯蓄超過である。閉鎖経済の場合とは異なり、海外部門からの借入は、国内部門にとってみれば、将来世代への負担の先送りということになるが、現状、日本全体で見れば、純債権国であり、将来世代への負担の先送りという状況ではない。家計部門の1400兆円の資産が、政府部門の債務、企業部門債務、海外部門債務により構成されているという構図になる。重要なことは、債権者である家計部門の投資先は、国内の政府・企業のみならず、海外部門という選択肢が加わることである。すなわち、海外部門に魅力的な投資機会があると判断すれば、政府部門・企業部門の資金調達に支障が生じることになる。政府部門・企業部門はより高いコストを支払わなければ資金調達できなくなる。(例えば中国への投資が自由にできるようになり、そちらに民間資金が流れれば、政府部門の資金調達はその分Squeezeされる、など)

第二点目。閉鎖経済では、分業を深化させ、生産性を高め、生産物を分配する、その触媒として適切な水準の信用創造(=債権債務関係)が必要である、と整理されたが、開放経済では、必ずしも分業生産したものが交換できるとは前提できない。経済学では、二国間の貿易でそれぞれの国の厚生を高めることができるという整理をするが(例えばリカードの比較優位の原則など)、多数の国・企業が参加する国際市場では、国際競争力がなければ国際市場から淘汰される可能性もある。輸出品の競争力がなければ、輸入をするための外貨を調達できず、食料品・エネルギーなどの必需品の調達ができなければ、国民の経済厚生は低下せざるをえない。国際競争力は死活問題であり、国内における経済取引活性化と同列には考えられない。一国を家計に例えれば、夫が稼いだ給料を妻とどう配分するのが公正かという配分の公正の問題に優先して、夫の収入を最大化するために妻は何をすべきかを考えるがごときである。このアナロジーを一国経済に置き換えると、5%の国際競争企業にがんばってもらうためには、国民全体でそれをサポートすべき、ということになる。例えば、高騰する社会保障給付費を法人税・社会保険料会社負担分などで賄えば、国際市場における価格競争力は低下するだろうが、消費税によって賄う場合には、企業の価格競争力には影響を低く抑えることができる。雇用制度についても同じことが言える。余剰人員を企業がかけなければならない労働法制のある国では、余剰人員が価格競争力の足かせとなるが、労働者保護の緩やかな国では、雇用が守られない分については、国の社会保障制度や就労支援など、国民負担が生じるかもしれないが、企業の国際競争力に対する悪影響を抑制できる。日本を一つの共同体として考えるならば、国際競争力を高めるための政策に国全体として与する方が得策ということにならないだろうか。国際立地競争力を高めるという話も同じContextである。現状の財政赤字を外国人・外資系企業にも負担してもらおうと思えば、法人税・所得税を引上げることになろうが、そうすることで、対日投資が低くなってしまえば、結局は国という共同体の厚生にはマイナスの影響を及ぼすことになる。外国人にどれほどの公費負担をしてもらうかは、こういうContextの中で考えなければならないテーマである。

国内の経済においては、共同体として国の内側で、どれだけ分業を深化させるか、「本当にもったいないことをしてないか」ということにフォーカスすべきであるが、国際競争の前提においては、他者との競争にフォーカスしなければならない。この共同体の内側の話と外側の話を混同せずに政策論争をすべきである。次回の投稿で今までの話をまとめてみたい。


須藤 一郎