2013年2月7日木曜日

税制改正大綱残された課題(上)一橋大学教授佐藤主光氏(経済教室)

2013年1月31日付日本経済新聞朝刊掲載記事【経済教室「税制改正大綱残された課題(上)」】(一橋大学教授佐藤主光氏)は皆様にとって興味ある記事と思い以下紹介いたします。

 


所得税、「広く薄い課税」に 各種控除、廃止・縮減を 世代間・世代内の公平カギ

ポイント
 ○
所得税は手厚い控除により「空洞化」が深刻
 ○
財源調達や所得再分配などの機能回復急務
 ○
給付付き税額控除や共通番号の導入も重要


 1月24日にまとまった2013年度税制改正大綱の主な改正点としては、15年からの富裕層に対する所得税の増税が挙げられる。具体的には課税所得4千万円超を対象に、最高税率が現行の40%から45%に引き上げられる。

 わが国の所得税は、給与・事業所得や年金などへの総合課税と、利子・配当など金融所得の分離課税に大きく分けられる。今回の改正は前者の税率構造の見直しにあたる。

 総合課税では原則、給与など課税対象となる収入から各種控除を差し引いて課税所得を算出し、これに累進的に課税をする。ここでいう累進的とは、課税所得をいくつかの所得区分(ブラケット、現行6区分)に分け、高い課税所得の区分ほど高い税率(限界税率という)を適用することを指す。現在の最高税率40%は課税所得1800万円超の区分に課せられている。

 所得税についてはこれまで(1)最高税率を含め限界税率の引き下げ(2)低い税率の適用範囲(所得区分)の拡大(3)給与所得控除など各種控除の拡充による課税最低限の引き上げ――が進められてきた。そのため、所得再分配機能や財源調達機能が低下している。

 今回の改正はこれらの機能の回復に向けた所得税の正常化には程遠い。本稿では、所得税の残された課題と再構築の在り方について述べたい。

 たとえ最高税率を45%に引き上げても大きな税収増は見込めない。増収額は600億円に満たないとみられ、現行の所得税収(11年度は13・5兆円)の0・5%にも届かない。ここに所得税の「空洞化」の問題がある。

 課税所得に対しては、人的控除(基礎控除、配偶者控除など)のほか、給与所得控除・公的年金等控除、社会保険料控除など、政策的な配慮も反映して手厚い控除が施されてきた。その結果、課税所得は著しく浸食されている。12年度でみると、給与収入などの総合課税の対象となる収入が約250兆円に対し、所得控除後の課税所得(課税ベース)は約110兆円にすぎない。

 つまり、すべての課税所得に対する税率を一律1%上げても、税収の増加は1・1兆円程度にとどまるということだ。これは消費税1%あたりの税収(約2兆5千億円)の半分以下にすぎない。所得税の財源調達機能を損なってきたのは、最高税率よりも課税ベースの狭さだ。こうした状況で累進性を高めても、狭く偏重した課税のままになる。

 筆者は、この課税ベースの拡大が急務だと考える。具体的には、生命保険料控除などの政策的控除や社会保険料控除を廃止もしくは縮減するとともに、基礎控除・配偶者控除などの人的控除および給与所得控除も必要最小限に抑えることが必要である。

 給与所得控除については、11年度税制改正大綱で1500万円を超える給与収入にかかる控除に上限(245万円)を設定する方針が示されたが、さらに抑制する余地はある。もともと同控除には「勤務費用の概算控除」に加えて、「他の所得との負担調整」という性格がある。後者は自営業など他の業種との所得捕捉の格差、いわゆる「クロヨン問題」への配慮ともいえる。だから、手厚い控除を残すのではなく、所得捕捉の強化など、クロヨン問題の是正をするのが筋だろう。

 併せて公的年金等控除も大幅に見直す必要がある。社会保障と税の一体改革では、社会保障の費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点から、消費税の増税となった。しかし、所得税においては世代間の負担の公平が図られていないことが問題だ。その一因は公的年金等控除などによる年金への優遇にある。

 課税ベースの拡大は単なる増収が目的ではない。むしろその狙いは、給与所得控除や公的年金等控除の内にある政策的(政治的)配慮を是正して、課税所得の定義を客観的・経済合理的にすることにある。そのためにも所得控除は実態に即した水準でなければならない。様々な政策目的のために改正し続けた結果、制度が複雑化している状況を解消することにもつながる。

 仮に経済合理性に即した(少なくとも、それに近い)課税所得を定義できれば、これは国税にとどまらず、地方税を含む他の所得課税にも適用されてしかるべきだろう。地方の所得課税としては個人住民税(所得割)がある。所得税と個人住民税の間では基礎控除などの所得控除の金額が異なることから、課税所得は一致しない。さらに所得税はその年の所得課税であるのに対して、個人住民税は前年所得に課税する。これを新たな課税所得に統一することを提案したい。

 「地域社会の会費」(応益課税)としての個人住民税は、その目的が異なる以上、所得税と課税ベースが異なるのは当然との主張もありそうだ。しかし課税所得の一貫性は、納税者の利便性および税制の簡素性の原則にもかなうだろう。再分配機能や応益課税など制度間での理念の違いは、累進課税か比例税かという税率構造に反映させればよい。

 再分配の観点からみると、最高税率の引き上げは必ずしも再分配機能の回復にはつながらない。第一に、富裕層からの所得税が低所得層に所得移転されなければ再分配は完結しない。課税の強化と併せて、後述する給付付き税額控除のような所得移転の充実が求められる。

 第二に、所得控除は高所得者に有利に働くことがある。例えば課税所得から10万円を差し引く所得控除では、限界税率10%の納税者ならば1万円の減税にすぎないが、最高税率40%の所得区分にあたる納税者にとっては4万円の減税になる。概して所得控除は課税の累進性を弱める。

 一方、納税金額から定額を差し引く税額控除であれば、減税額は課税所得によらず一定となる。所得控除から税額控除へ移行することで、課税ベースの拡大により財源調達機能を確保するとともに、再分配機能を高めることが可能になる。こうした移行は諸外国でもみられる。例えばオランダでは、所得税改革(01年)で既存の所得控除をすべて税額控除に改編した。

 さらに給付付き税額控除の導入により、課税最低限以下の低所得者に対して税額控除ができない分を給付すれば、所得税制の枠内で再分配は完結する。給付付き税額控除は消費税の逆進性対策だけでなく、若年層を中心とした低所得者支援、子育て支援、就労支援にも効果が期待できる。

 社会の高齢化など新しい経済環境に適応するとともに、経済の成長を支えるためにも、一部の所得層や世代に偏った課税から「広く薄い課税」への転換が必要である。まず、政治的配慮を除いた広い課税は、世代間・世代内の公平にかなうだろう。また、税率の水準を抑えた薄い課税は、投資や勤労の誘因を阻害しない。そして、給付付き税額控除は低所得の勤労世帯への新たなセーフティーネット(安全網)になる。

 無論、クロヨン問題など所得捕捉の公平が確保されていないとの異論もあろう。だからといって課税を避けるのではなく、これらを是正する措置を講じるのが改革の本筋だろう。そのためにも徴税のインフラ整備が欠かせない。

 今回の改正では見送られた社会保障と税の共通番号(マイナンバー)の導入はその一環だ。正しい所得捕捉は税収の確保や所得税に対する納税者の信認につながる。マイナンバーは、給付付き税額控除の実効性を改善するほか、社会保障などの給付資格・水準の決定にも使える。他の政策にも波及する、いわば公共財的な性格を持つものとなる。

 さとう・もとひろ 69年生まれ。カナダ・クイーンズ大博士。専門は財政学

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