2013年2月8日金曜日

税制改正大綱残された課題(下)慶應義塾大学教授土居丈朗氏(経済教室)

2013年2月1日付日本経済新聞朝刊掲載記事【経済教室「税制改正大綱残された課題(下)」】(慶應義塾大学教授土居丈朗氏)は皆様にとって興味ある記事と思い以下紹介いたします。
 

法人課税下げ、道筋早期に 地方税の見直し急務 産業空洞化回避に不可欠
 
 
ポイント
日本の実効税率はアジア諸国大きく上回る
法人税減税は従業員などに広く恩恵が及ぶ
減税でも内部留保増えるだけとの見方誤り



 2013年度税制改正大綱では今後の消費税増税をにらみ所得税、相続税、自動車関連税制の改正が目立った。法人税制に関しては「成長と富の創出の好循環」を実現すべく、(1)生産設備への投資額を一定以上増加させた場合、新たに取得した機械・装置について特別償却・税額控除を可能とする生産設備投資促進税制の創設(2)既存の研究開発税制では税額控除上限額について法人税額の20%から30%への拡充――が盛り込まれた。
 

 今般の税制改正では、国内での設備投資へのインセンティブ(誘因)を高めることで、経済の底上げや産業競争力の強化を図ろうとしている。確かにこうした施策もその一助になろうが、やはり法人実効税率の引き下げに一層取り組まなければ、現状打開にはつながらない。今回の大綱はこの点について課題を残した。
 
 法人税は今年度から税率が引き下げられたが、復興特別法人税が3年間課税される。その期限が終わると日本の法定実効税率は35・64%に低下する。しかし、日本企業の国際競争の相手であるアジア諸国の法人実効税率は25%前後で、なお大きな差がある。
 
 加えてアジア諸国では社会保障制度が未整備のため、社会保険料の雇用主負担が日本より少ない。たとえ日本企業が同額の利益を上げたとしても、日本を拠点とする方がより多くの税と保険料が課され、税引き後利益は減る。法人税制は、ビジネスの拠点をどこにするかを決める重要な要因の一つとなっている。
 
 法人税を減税しても、労働者や消費者には何の恩恵もないと思う人もいるだろう。しかし実際には、法人税減税は国民各層に広く恩恵が及ぶ。
 
 そもそも法人税は「法人」なる怪物が負担するものではなく、企業に関わる従業員、経営者、株主、顧客など生身の人間が間接的に負担するものだ。もし法人税負担がなければ、もう少し給料を上げたり、配当を増やしたり、製品の販売価格を下げたりできたであろう。法人税課税に伴い、従業員、経営者、株主、顧客が税負担を分かち合っているのである。
 
 基本的には、企業が上げた付加価値の分配に応じて税負担を分かち合っていると考えられる。日本の労働分配率は約70%だから、短期的には法人税の約7割は従業員給料総額の減少の形で負担されているとみられる。換言すれば、法人税を減税すれば、そのかなりの部分が従業員給料総額の増加に回るといえる。
 
 このように、法人税の減税は広く恩恵が及ぶ可能性がある。国内での雇用を確保するためにも、国内で活動する企業への課税を抑制することが求められる。今後の税制改正では、法人実効税率をどのように引き下げていくのかについて、その道筋を具体的に示さなければならない。その中で国税については法人税率のさらなる引き下げが必要だ。
 
 それより優先すべきは、地方税での法人課税(法人住民税と事業税)の減税である。好不況の影響を除けば、法人課税は地方税収の20%に達する。先進国の中で、わが国ほど法人課税に依存した地方税制を持つ国はない。この点は看過できない。
 
 地方税は、住民に近いところで公共サービスを提供する自治体が課税するので、本来公共サービスの便益に応じた税負担が求められる。その観点からいえば、公共サービスの便益を受けるのは生身の人間であり「法人」ではないのだから、法人課税は地方税制にはなじまない。
 
 そのうえ地方税制では、国の法律である地方税法で定める標準税率より高い税率で課税すること(超過課税)が認められており、全都道府県が法人住民税または事業税を超過課税している。一方、個人住民税の超過課税は31県しか実施していない。このように、本来は公共サービスの便益を受ける住民に個人住民税で負担を求めるべきなのに、そうではなく法人課税をより重くしているといえる。
 
 地方自治体の課税自主権は尊重すべきだが、地方税としてふさわしくない法人2税を重課することは適切でない。国民は法人2税で超過課税する自治体に対し、少なくとも超過課税をやめるよう積極的に働きかけるべきだ。それが容易でないなら、地方税法で法人2税について定める税率の上限(制限税率)を引き下げることも検討すべきだ。
 
 また、機械設備を多く持つ企業は、法人課税とは別に、地方税として償却資産に対する固定資産税が1・6兆円課されている。これも企業にとっては固定費用的な負担となり、わが国で収益を上げるうえで足かせとなっている。
 
 本来、固定資産税を土地などの「不動産」に課すならば、応益的な課税といえる。例えば道路整備でその土地の利便性が高まれば、土地を持つ者は便益を受ける。だから、便益に応じて税負担を求めるには、動かない土地に課せばよい。だが償却資産は「動産」だ。リース可能な機械類が典型的だが、いつでも場所を動かせる。地域を越えて動くものに、土地と同様に税を課すのは、応益課税とはいえない。
 
 法人2税や償却資産に対する固定資産税を減税すれば、企業活動は促進される。ただ、財政難の折、代替財源を考えず減税だけを主張するのは無責任だ。これらの税を軽減する代わりの財源としては、本来は個人住民税や土地に対する固定資産税が妥当だ。しかし政治的に早期実現が難しいのならば、一時的には、企業活動に影響を与えにくい形で法人住民税の均等割で代替するという方法もあり得よう。
 
 こうした法人に対する税負担の軽減が実現すれば、減税分が従業員給料の増額などの形で、人への投資にも振り向けられるだろう。しかし世上では、法人税を減税しても、企業は内部留保を増やすだけで従業員給料を増やさないとの見方もある。日本企業が2000年代を通じて内部留保を増やしてきたことも背景にあるのかもしれない。
 
 もし企業が不適切に内部留保を持っていれば、株主から配当で支払うよう要求されるだろう。それでもなお多くの内部留保を持っているのは、株主もそれなりに是認しているからだといえる。また、内部留保、負債、新株発行という資金調達手段の中でコストが最も低いものから選ぶとする企業金融の理論に基づけば、内部留保はコストが低いから多用されたといえる。日本企業が内部留保を増やしたことは妥当な判断と考えられる。
 
 一方、企業の貸借対照表の資産側で増えたのは、国内の生産設備を含む有形固定資産よりも、長期保有を前提とした投資有価証券だ。自ら設備投資をするより、新興国などの成長を取り込むべく国内外の企業を買収した方が、収益を伸ばすのに効果的だという経営判断が背景にあると考えられる。企業は必要があって内部留保を増やしたのだ。
 
 また、内部留保が増えていた時期に、非正規雇用が増えたという批判もある。しかし労働分配率は中長期的に約7割で推移しており、企業が得た付加価値を人件費に回すことを怠ったわけではない。
 
 このように法人税を減税しても内部留保が増えるだけというのは間違った見方だ。むしろ法人課税を軽減することで、日本国内で人を雇って活動する企業の国際競争におけるハンディキャップを小さくすることが求められる。
 
 法人減税の恩恵が従業員に広く及ぶようにするには、社会保険料の雇用主負担の適正化も必要だ。正規と非正規雇用で負担が異なると雇用形態もゆがむ。これは雇用主負担を消費税に代替できれば解消できる。政府は経済成長を促すためにも、法人課税軽減への道筋を早期に示すべきだ。
 
 どい・たけろう 70年生まれ。大阪大経卒、東京大博士(経済学)。専門は公共経済学



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