2012年4月9日月曜日

「社会保障と税の一体改革について(1)」記事ご紹介

財務省主計局の高田英樹氏のブログ『日英行政官日記』の中で書かれた、社会保障と税の一体改革についての記事を転載します。

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私的に主宰する勉強会「政策懇談会」を2012年3月4日に開催。
今回は、「社会保障と税の一体改革」について、自分からプレゼンし、ディスカッションを行いました。(下記はすべて個人としての意見です。)

<プレゼン概要>

・消費税は、1989年に税率3%で創設され、1997年に5%に引き上げられたが、それから約15年、引上げが行われていない。
・2008年、福田・麻生政権の下で社会保障改革とその安定財源確保のための税制改革に向けた検討がなされ、今般の社会保障・税一体改革へ通じる議論の原型ができた。この議論の結晶となる、2009年の税制改正法附則104条において、2011年度までに税制改革のための法制上の措置を講じることが定められた。
・その後政権交代が起き、この議論はいったん振り出しに戻ったが、前述の法律の規定は残った。そして、民主党政権下でも、菅・野田総理の下、社会保障と税の一体改革の議論が進められ、旧政権時代の法律の規定に従って、今年度中に法案を提出することとなっている。
・昨年末、民主党税制調査会では連日激しい議論が繰り広げられ、12月28日、29日には、連日9時間にわたり議論がなされた。29日には、総理も入って長時間議論がなされた結果、2015年10月に消費税率を10%に引き上げる等の方針が決定された。議員同士で徹底的に議論して一定の合意に達したことには意義がある。
・「社会保障・税一体改革」とは、社会保障の維持・充実と財政健全化の二大目標を同時に実現するための改革。
・あまり認識されていない面があるが、日本の社会保障制度は国際的にみて高い水準にある。平均寿命は世界一であり、医療制度も質やアクセスの良さの観点からは世界一と評価されている。
・しかし、1960年代に基本的な枠組みが構築された社会保障制度が、少子化・高齢化、非正規の増大といった雇用環境の変化、家族のあり方の変容、経済成長の停滞といった社会・経済の変化に対応しきれなくなってきている。
・日本の高齢化は先進国で最も速いペースで進んでおり、社会保障給付費が増大している。高齢化により、現在の年金・医療・介護への税金投入は毎年1兆円以上増えていく。
・1960年代には9人の現役世代で1人の高齢者を支える「胴上げ」型社会であったが、現在は3人で1人を支える「騎馬戦」形、さらにいずれ1人で1人を支える「肩車」型になる。
・ここ数年は団塊の世代が高齢化し、毎年100万人規模で高齢者人口が増え、生産年齢人口が減る。2015年までには団塊の世代がすべて高齢者となる。
・こうした状況に対応し、社会保障の安定財源を確保するため、消費税率を2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げること等を内容とする税制抜本改革を実施する。
・また、税制抜本改革は、消費税のみならず、所得税や相続税を含んだ税制全体の改革を内容としている。
・消費税率5%引上げによる増収はすべて社会保障の財源に充てる。1%分は社会保障の充実(今より高い水準のサービスの提供)に、4%分は社会保障の安定化、すなわち今の社会保障制度を守るために使われる。
・社会保障の充実により、保育サービスの充実・待機児童の解消や、医師不足、特養ホーム入居待機者といった問題に対応する。
・社会保障の充実・安定化は、経済成長のためにも重要。人々の将来の不安を取り除くことにより消費を喚起することが期待される。また、医療・福祉等、社会保障自体が今後の「成長産業」であり、これを充実することは雇用・需要を増大させる。
・財政については、歳出が歳入を上回る状態が恒常的に続いており、さらに悪化している。
・現在の日本の財政を、月収40万円の家計に例えると、毎月40万円の収入に対して支出は84万円で、収入より多い44万円の借金をしており、ローン残高は6400万円という危機的な状態。
・公債残高は累増しており、平成24年度末の残高は国分だけで約700兆円、国民一人当たり554万円となる。
・平成24年度の利払費は9.8兆円。1分あたり1867万円、毎秒30万円以上が利払いに消えていることになる。昭和50年代以降、公債残高は右肩上がりで増え続けているが、金利が低下してきているため、毎年度の利払費はそれほど増えていない。しかし、ここ数年は、金利がこれ以上低下しない中、公債残高は増大し続けているため、利払費が再び上昇しつつある。金利が1%上がれば、初年度は1兆円、2年目は2.4兆円、3年目は約4兆円、国債費が増え、それだけで消費税率1%分以上が消えてしまうことになる。現下の低金利が、日本が財政破たんに向かう一歩手前で踏みとどまっている大きな要因といってよい。
・日本の債務残高対GDP比は約200%と、太平洋戦争末期と同水準になっている。ただ、戦時の債務の原因はすべて過去の出来事に起因しており、戦後は復興する一方であるのに対し、現在は、将来に向かって負担が生じるという違いがあり、一層深刻ともいえる。
・国際的にみると、先進各国は高齢化に伴い社会保障費が増えるのに伴い国民負担も増えているのに対し、日本は社会保障費が増えているのに国民負担が減っているという稀有な例となっている。
・ギリシャ等、財政状況が悪化した欧州諸国では、年金のカット等の厳しい措置を余儀なくされている。
・そうならないために、財政健全化に取り組む必要がある。日本でも、平成22年6月に国家戦略室が中心となって「財政運営戦略」を策定し、2020年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化する等の財政健全化目標を定めた。
・政府の最新の試算によれば、今回の一体改革で2015年10月に消費税率を10%に引き上げることにより、2015年度までに基礎的財政収支赤字対GDP比を半減するという中間的な目標はほぼ達成に向かうが、2020年度における黒字化目標達成のためには、さらなる取組が必要となる。
・他の主要国も財政健全化へ向けた取組を行っている。日本の場合、「財政運営戦略」に沿って2020年度までに基礎的財政収支の黒字化を果たした場合でさえ、財政健全化のペースは他国の計画より遅い。
・消費税率への引上げに対しては、様々な「反論」がある。年末の党の議論においても、消費税率引上げがそもそも不要とする意見はほとんど無く、慎重論の大半は、引上げはいずれ必要だが、その前に何らかの前提が必要、とする、「条件付き賛成」ないし「条件付き反対」であった。
・日本は未だ低金利だから大丈夫だとの意見があるが、国債金利が急上昇している欧州各国の多くも、つい1~2年前までは国債金利は比較的低く安定した状態だった。CDSプレミアムについても同様。足下の指標が良いことが将来の保証にならないことは、リーマンショックや最近の欧州債務危機でも明らか。
・日本国債の大半が国内で消化されているから大丈夫との意見もあるが、高齢化に伴い国内貯蓄は取り崩されてきており、国内金融資産で国債消化できる余地も少なくなってきている。早晩、海外から借金しなければならない状況となる。
・国債の残高ベースでみれば95%が国内で保有されているが、流通市場、特に先物市場で見れば、既に4割が海外投資家による取引であり、その影響力は大きくなっている。
・日本政府は多額の資産を持っているから大丈夫だという意見もあるが、金融資産をネットアウトした純債務ベースでも、日本の財政状況が他の先進国より悪いことに変わりはない。また、国のバランスシート上の資産には、道路や公共インフラ等、換金できないものが多く含まれている。そもそも、資産を取り崩して支出に使えば、経済的には新たに借金することと同じ。前述の家計の例えでいえば、収入より支出がはるかに多く膨大な借金を抱えている家計において、家財をすべて切り売りし費消するまで働きに出なくてよいと言っていることになるが、問題を先送りしているだけであり、そうしている間にも借金は膨らむ一方となる。
・国債を日銀に引き受けさせればよいとの意見もあるが、それは財政健全化への努力を放棄したものと市場に受け止められる。昨年の震災直後、政府が震災国債の日銀引受けを検討しているとの噂が流れた際も、国債金利が急上昇した。
・景気が良くなるまで増税をすべきではないという意見は多く、年末の議論もこの点に集中した。「経済状況を好転させる」ことが消費税率引上げの条件となっているが、今後は復興需要もあり、相対的には経済は堅調と見られている。もっと景気が良くなってから、という意見もあるが、過去15年間そのような議論をしてきた。もはやこれ以上先送りはできない状況になっている。
・1997年に消費税率を引き上げたことがその後の景気低迷につながったとの見方もあるが、最近の研究からは、消費税率引上げは景気後退の主因ではなく、アジア通貨危機や不良債権問題の影響が大きいと考えられている。そもそも500兆円の規模の経済において、数兆円の増税がそのトレンドを変えるような決定的な影響を持つのかどうかという議論もある。
・国民負担率が日本よりはるかに高く、消費税率が25%のスウェーデンにおいて、近年は日本よりはるかに高い経済成長率を実現している。税負担が大きければ経済にマイナスとは限らない。減税した方が経済成長し税収も上がるので、かえって財政にも良いという議論があるが、そうであれば、租税負担率がOECDで最低水準にある我が国でなぜ経済が低迷し財政が悪化しているのか説明できない。
・インフレ政策により名目成長率を上げることが財政健全化への早道とする意見もあるが、当然、市場からはより高い金利を要求されることになる。名目成長率が上がれば税収は増えるが、金利や物価の上昇により歳出も増える。歳入より歳出の規模がはるかに大きい現在の日本においては、かえって財政バランスが悪化するおそれもある。
・最も強く議論されたのは、増税の前にまず政治家や官僚が身を切る改革を行い、ムダをなくすべきという点。もちろん、そうした取組みはできるだけ進めるべきだが、それだけで社会保障財源を確保し財政を健全化できる規模ではない。歳出構成の推移をみると、一貫して社会保障費が増大を続け、その他の政策的経費は縮小してきている。現在、社会保障費29兆円に対し、ムダの象徴のように言われる公共事業費は5兆円。仮に公共事業費をゼロにしても、数年分の高齢化による社会保障費の自然増分をまかなえるに過ぎない。
・国際比較でみても、政府の総支出の対GDP比について、日本はOECDの中で下位、社会保障以外の支出についてみれば最下位であり、それほど歳出削減の余地が大きいわけではない。しかし、それ以上に国民負担率は低く、租税負担の対GDP比ではOECDで最低レベルであり、借金の増加につながっている。
・まずは政治家や官僚が身を切るべき、ということは正論だが、税金は政治家や官僚のために払っているのではなく、国民が、国民の求める公共サービスのために払っていることも忘れてはならない。もちろん、税金の一部は政治家の歳費や官僚の人件費になっているが、全体の規模からすればごく一部に過ぎない。ムダの象徴のように言われている八ツ場ダムでさえ、廃止を宣言した際は地元や首都圏から大きな反対があった。ムダを減らせ、と抽象的に言うのは簡単だが、万人がムダと思う歳出はほとんどなく、同じ国民の誰かがそれを求めているからその歳出がある。一つ一つ中身を見て議論・調整が必要。八ツ場ダムの議論は、そうした側面に光が当たったという点では意味があった。
・世帯類型別に、税・保険料等の負担と、公共サービスの受益の金額を試算すると、ほとんどの世帯で、負担より受益の方が大きくなる。現在、税収をはるかに歳出が上回っていることからすれば当然の結果なのだが、公共サービスから多くの受益を受けていることがあまり認識されていない。ただし、若い世代、例えば「20代男性単身」といった世帯では負担超過になっている。現在のほとんどの世帯が受益超過であるのは、負担を借金として後世代に先送りしている結果であり、仮に「将来世代」という類型があれば、はるかに負担超過になると考えられる。

(次号に続く)

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